(五節句 その2) 2001・2・22
上巳の節句(じょうしのせっく)
三月三日に行われる女の子のための行事で、古くは三月初めの巳の日に行われていました。
そのためにその名があります。
桃の節句、雛祭り、重三(ちょうさん)、雛節句、元巳(げんし),上巳の祓(じょうしのはらえ)
ともいわれ、広く親しまれています
元来は古代中国の禊(みそぎ)の行事で、お酒を飲み災厄を祓うものでした。
源氏物語に「ひひ(い)なあそび」と表現されています。平安時代の宮中では、曲水の宴を張り、お祓いを行っていました。
節句が終わると紙や土で作った人形を川や海へ流す風習があり、これは不浄を祓うみそぎの意味があります。
この形代(かたしろ)としての人形が
後に江戸時代中期以後立派な美しい雛に変わって現在にいたっています。
雛の前身である形代は、もともとは年齢、性別には関係なく、健康を祈って災厄をはらうために草やわらなどで作り、
これに人の穢れ(けがれ)を移したものです。
それが聖徳太子在世の頃、雛人形の形をととのえ、さらに平安時代には装飾的な装いを強め、
貴族などへの献上品となりました。
次第に三月三日の雛の風習が定着していき江戸時代になると、
この日は五節句(人日、上巳、端午、七夕、重陽)のひとつに定められました。
元禄年間(1688-1704)には、人形はいよいよ贅沢になり、調度なども金蒔絵など華美なものとなりました。
雛祭りの終わりに雛を送る事は、この行事の本来の意味であって、その風習は各地に残っています。
なかでも、鳥取県下の流し雛は、一種の名物になっています。
上巳のお祝いに桃酒を飲む風習がありますが、
これは古代中国で桃は邪気を祓い長寿を保つと言われていたことから起こった風俗だといわれています。